姫神釣具店について

お越しいただき、ありがとうございます。
主催の苅宿です。

姫神釣具店の始まり

姫神釣具店という名称となっていますが、個人の趣味の延長でやっているもので、主に「毛ばり」を使った釣り教室を主体としています。今のところ、毛ばりや仕掛けの販売は、釣り教室にいらした方に提供しています。数多く作ることができない状態ですので、ご容赦ください。

そもそも生まれたところが岩手町の姫神山の近くなので、「姫神」の名前を使いたくてこの名称にしました。若いころは釣具屋さんをやりたくて、釣り道具屋でアルバイトしていましたが、店舗を持つには至りませんでしたので、このような形にしました。
また、同時に、盛岡毛ばり倶楽部を主宰しており、毛ばり釣りの楽しさを伝えていけたらと思っています。

毛ばりは、釣針に鳥の羽を巻いて虫に似せた疑似餌で、5月以降になるとヤマメやイワナが好んで食べる虫に似せて製作したものです。本物の虫ではなく、しかもキラキラ奇麗なので子供や女性でも触れることができます。しかも簡単に釣ることができ、6月ころになると生エサでは釣れないことも多いので、もっぱら毛ばりで渓流魚釣りを楽しんでいます。

川幅のある広い川では、「盛岡毛ばり」、上流域では「爆釣毛ばり」を使って魚と戯れることが無上の幸せです。
川に親しむことは危険な一面がありますが、川のことを知って自然の中で楽しむことは、とても気持ちが和みす。

僕にとって釣りは、瞑想であり創造作業です。ブナの原生林に入ると、山野草の爽やかでありながら甘い香りが充満する空間に溶け込むと、木々にとまる小鳥がさえずり、清らかな水の流れる音が全身を包みます。美しいパーマークを纏った渓流の女王ヤマメ、流れの中に溶けこんで身を潜める忍者のようなイワナに出会うことは、この世界に生まれた意味を思い出させます。大げさかもしれませんが。

当店では、毛ばりを使って魚と戯れること、川に親しむことで本来の人の生き方を取り戻す、なんていうことを目指しています。
その先に、水が汚れて年々魚が減少していること、川と海のつながりをダムや堰堤が分断していることなどが見えてきます。これらを引き起こしたのは、私たち人間です。その結果、その汚れた水を摂取することで自らの体を汚してしまっているのではないかと考えています。
これからは、水を汚す生き方を止め、清浄な水を取り戻し、ダムを止めてたくさんのサケやマスが大挙して登ってくる澄んだ川を取り戻すことができたらと願っています。

2007/05/12 11:57

自然のサイクル復活を望みます

特にここ数年は、熊が多く出没していることが問題になっています。山に行けば熊がいるのは当たり前で、麓に生活する人たちにとって熊の存在はあたり前のようです。食べ物を求めて人の生活圏に来ると言われていますが、本来、秋には海からサケやマスが産卵に遡上してくるのが自然の摂理です。
勝手な想像ですが、このサケとマスは大海原を回遊し、エビや小魚を捕食して海のエネルギーを満タンにして育ち、その体で生まれた川を遡上し、最後は源流域まで到達します。

そこで何が起こるか。冬眠を控えた熊は、多くのサケを捕まえ飽食します。十分に栄養が取れた熊は、人里に降りるでしょうか。そんな必要はないと思うのです。熊は、最初は魚肉全体を食べ尽くしますが、そのうち栄養が凝縮した魚卵(イクラ)や肝臓だけをお腹に入れ、そのほかの部分は陸にあげたまま放置します。すると、それをキツネやタヌキ、猛禽類など様々な山の動物たちが取り入れます。彼らも、そのすべてを食べ尽くすわけではなく、必要な栄養を取った後は、やはり放置します。その残りは大地の栄養となります。元をたどると海のエネルギーいっぱいのサケが分解されることで山のエネルギーと混ざり合い、山の動植物たちの糧となるのです。

今はサケが登ってこないので、このような働きがほぼストップしています。北海道では一部この作用が有効な場所もありそうですが、本州以南では皆無といっていいでしょう。本来、山々の原流域は海のエネルギーがあふれる場所であったのです。不思議ですね。川の中流域ではなく、さらに奥の最も海から離れた場所に海の栄養が運ばれていたのです。

融合した海と山の栄養・エネルギーは何をもたらすでしょうか。より豊かな栄養・エネルギーとなって木々や動植物を育てます。秋にはその木々から大量の落ち葉が川へ落ち、それは水生昆虫の食べ物として提供され、落ち葉の栄養分は水の流れに溶け込み、河口まで運ばれるのです。これが牡蠣の養殖には欠かせないようです。ほかにはもちろん海の魚のエサとなるプランクトンやひいては海藻の栄養となるため、豊かな海が保たれるのです。

これが自然の循環なのでしょう。これを止めているのが人間の営みだとしたら、それは見直すべき行為ということにならないでしょうか。

そしてサケが遡上した翌年の春、その稚魚たちが生まれ群れとなって海へ下り、大海原へと旅立っていきます。海と山の融合の結晶であるサケの稚魚、これを捕食する者たちもいるでしょうが、生き残ったサケは、再び故郷の川へと帰り、自らの体を栄養として源流域を目指すのです。この悠久のサイクルを再び取り戻すことが、個人的な夢なのです。